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POKO blog

飾り職人・ジュエリークラフトマンによる彫金と趣味と変な日記。

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世界。
テレビで「世界の1秒」だか、
今、世界では1秒で何ヘクタールの森林が無くなっている。とか、
今、世界では1秒で何人が死んでは、何人が生まれている。とかやってたんすよ。
まあ飯を食いながらチラッっと見ただけなんすけどね。


で、


よく優秀な人は
世界のコトを見ては身の回りのコトを考え、
身の回りのコトを見ては世界のコトを考える。
みたいなコトを言うんで、
↑みたいな番組とか見て何かしら善き事をやるのでしょうけど、

いかんせんオイラは優秀でもなければヘソ曲がりなんで、

「知らんがな。オイラの今の1秒、ブッ!そのTV見ながら屁が出て終わりやがな。」
と思ってしまうんすけど、、、、、


はい!アナタの今の1秒どうっ?!どう!!!


な。
モニタ見てて、せいぜい周りキョロキョロしてて終わったろ。



んで、だ。


チョー有名なお話で「世界を100人の村に例えると」というのがあるっすけど、
あれもどうなんしょ?

ヘソ曲がりでヘリクツ閣下のオイラからすると、単純すぎる人口比率だけっしょ。
そもそも「村」ならばそこにはある程度の統一された価値観、社会水準などがあるべきで、
はたして経済大国で稀に見る治安を誇る日本と内戦状態や極貧状態である国々を
同一の「村」として過程とするのは少々無理があるのでは?

具体的に言えば、
「世界を100人の村に例えると」を「日本を100人の村に例えると」するとよく分かる。
「世界では~」の場合、字が読める人とか、明日食べる物がある人とかは
確かに少数側で「幸せ」なことかもしれない。
でも「日本では~」の場合にすれば、それらに該当しない人はさらに極々少数になってしまう。

どうだろう?
日本に生まれ育ち、字も読め計算もできるニートとかも闊歩する国。

いかにも「もっと考えよう!」、「生きてるって素晴らしい!」みたいな番組&お話を見て聞いても
そんな国でそれだけで「幸せ」と感じられるだろうか?
見ず知らずの恐らく一生関係の無い他人に力を貸せる余裕があるだろうか?


「今、世界では1秒で~」の番組の話に戻ろう。
その番組に出演していたゲストの言葉だ。

「電化製品を買い換えて省エネする。」
「ハイブリット、エコカーにする。」

・・・・何か違うと思った。

家中の電化製品を買い換えられる人ってどんな人よ。
車をポンッっと買える人ってどんな人よ。

世間一般では成功とか勝ち組とか言われる人々っしょ。
そういう人達がその程度の発想って。。。。。違くね?

バカな発想でも、
明日から厚着して暖房使いません!とか、自転車乗ります!とか
コンビニの缶詰買い占めて送ります!とか、古着送ります!とか
じゃね?

しかも、そんな大変そうな苦労話とかを映像で見たり聞いたりして
「あ~」、「かわいそう~」、「びや~」とか言ってるだけで
稼ぎになってゲスト自身は潤うって。。。なおかつ私やったった!気分に浸ってるなんて。。。。。
その発想何か違うだろ。
そしてそれがたとえ正論過ぎたとしても何か違う。

と、オイラは思う。



聖人でもなければ優秀でもないオイラみたいな一般ピーポーからすると、
世界うんぬん気になっても、
ただ自分自身が今の環境に生きるのに一所懸命。っすけど、
ま、
世の中弱肉強食で、そん中で人間はモノの考えようで、
「世界をどう見ますか?」ってことっすかねぇ~?


と、地球規模、世界全体と自分自身、いち個人を考える今日この頃。

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